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吉松章のブログ

つまらなきこの世の中をおもしろく。日々の思考を書き連ねて。

橘の嫗

次回出演公演!

【橘の嫗】
〜橘・蜜柑・オレンジ〜
日本の柑橘の物語


新羅の王の子孫が、橘を日本に持ってきた。元寇の世、蜜柑は伝えられた。倭のくにびとは、橘を見捨てた。一九八○年にオレンジが日本に現れた。日本人はオレンジを食べ始める。しかし、そのオレンジは、アメリカ人から見捨てられ、防腐剤にまみれた者たちだった。」


日時:2017年2月18日(土) 
16:30開場 17:00開演

場所:楽道庵 
http://n-as.org/rakudoan/map.files/map.htm

東京都千代田区神田司町2-16 

料金:2,500円(前売り)3,000円(当日)

出演:桜井真樹子(原作・脚本、蜜柑)、坂本美蘭(橘の嫗)、ジュビリス・モア(オレンジ)、田代俊介(ホトトギス)、吉松章(ヒヨドリ)、藤木友美(地謡)、吉田正子(後見)、
山田路子(石笛、龍笛、能管)、今井尋也(小鼓)

1年半ぶりに更新♪これまでとこれから

いやはや、1年半もブログ放置!

ログインパスワードもあやふやながら、ひさかたの更新。


この1年半ぐらい、何をやっていたのか、、、。近況は、主にfbにアップしているので、興味がある方は、fbfの申請をください。


2016年

1月
年明けは、現在ニューヨークで活動中の、ヒノキオタクロウさんの書き初めパフォーマンスから年始め。

下旬には、白拍子の桜井真樹子の創作能「百済観音」で地謡

2月
作曲家の宮内康乃さんのつむぎねワークショップ発表会参加。この時に3月でアサヒアートスクエアが、一時的に閉鎖することを知り、何か参加したいと、アガリアム合唱団で一緒のアイケイイチさん、ルリージャバラさんのワークショップ&発表で一緒だった、カブさんに声をかけ、SEGITIGAセギティガを結成。

3月
アサヒアートスクエアにて、SEGITIGA初ライブ。見てくださった方ありがとうございます。ここから、セギティガのライブも増えてくる。

同時に、個人では能の謡ワークショップ開催や他人の結婚式二次会で高砂を舞うなど、能の個人的活動も。

4月
阿佐ヶ谷イエロービジョンにて、セギティガ2回目のライブ。ほぼ即興で、イツロウさんの木曜トポロジー。お世話になりました。

5月
来日した、素晴らしいバイオリニスト、Ayumi paulさんとタタミスタジオにて即興的に、音楽詩劇メンバーと。ドイツ語謡というお馬鹿をやってみる(笑)
数日後のシアターΧでの公演も素晴らしかった!


いけいけ人形(劇まつり)にて、「冥途以前」
高田馬場プロトシアターにて本公演、人形遣いの海老沢さん企画、内田百閒の「冥途」にて、ヴォイスパフォーマンス&謡。

末には、セギティガ自主企画、「ホーメイとヴォイスの夜」開催。チャスチャイクスキシュと対バン。ホーメイということでか、巻上さんやウィリアムさんなど、観客の半分はホーメイができる人達が集まった。

6月
学生時代からお世話になっている、身体詩という独自の表現で海外でも活動する、TAICHI-KIKAKUの公演に出演。身体表現。難しい!場所は座高円寺。

7月
セギティガ自主企画Gagku musik。阿佐ヶ谷イエロービジョンにて。ショーンさん元気かな。瀬尾さんのヴォイスすごい!

ザムザ阿佐ヶ谷にて、「亀戸の藤」
桜井真樹子さん、コラール伊織さんの共作。アイを演じました。沖縄の記憶。今は高江ですね特に。前年に沖縄基地巡りしたのを思い出しました。

8月
セギティガにて、虫JAM開催。結成以来の手応えあたな〜
ブレッツにて深夜にイベント出演、個人ではいつもお世話になっている楽道庵にて能ワークショップ。
楽道庵では、音楽詩劇研究所のワークショップ公演で中島敦の古潭からの作品を。むかし、ペルシアの〜♪

9月
楽道庵にて、音楽詩劇研究所「終わりはいつも終わらないうちに終わっていく」プレ公演。
七針にてトルコのユニット「RAW」と音楽詩劇メンバーと。終わりは〜の歌を中心に。
翌日は、阿佐ケ谷天でキドウラさんのバンドworldwidesizeさんに誘われ、セギティガでライブ。

ここから、アルメニア、ロシアツアーへ。

10月
アルメニア、ロシアツアー。

アルメニアはハマズガインシアター。首都エレバンにある劇場。

アルメニアは美女ばかり。言葉はわからないが、アララトというとんでもなくうまいブランデーを片手に(笑)
アルメニア人は、良い人ばかりだった。街ですれ違う人も助けてくれたり。まあ、タクシーはボラれましたが(笑)現地のボランティアスタッフに、メチャ助けられました。

ロシアはモスクワのNCCAと、DOMカルチャーセンターにて。セルゲイ・レートフさん、アーニャさんアリーナさん。凄まじいパフォーマーばかり。世界は広い。

帰る日には雪が。

帰国後、すぐに神田Extraweltにてkawさん企画にセギティガで出演。

30日には、アガリアム合唱団ライブをChaabeeで。
この日は、セギティガでも出演しました。

11月
23日
横浜音祭り企画
「越境する能の現在2」の岸辺の大臣に出演。

12月9日〜11日
韓国ソウル SEGITIGAツアー。引大(ホンデ)にて。
9日は、seendosiにて。アートな空間。アーティストで運営しているそうな。10日は、コンベンションセンターと、素敵な居酒屋「ハル」(春樹)にて。夕方と夜にライブでしたが、在韓日本人の佐藤行衛さんのコーディネート!

26日
神田楽道庵月曜ワークショップスペシャ
18時過ぎに三木聖香さんとデュオ。その後のカンフー体操や、海老沢さんの歌コーラスなど。

2017年1月14日
マンハッタン翁 旧田中邸にて

2月18日
橘の嫗 楽道庵にて

0(ゼロ)での交流。

 

先日、初めて「合唱」というスタイルで、舞台に出た。

 

合唱とはなんぞや?というのはまだまだ分からないが、

 

 

声を出すことは気持ちがいい!

歌や音楽は心地よい!

 

全身が震える。血液や神経が巡っている気もする。

 

しかも、自分だけではなく、他の出演者の声のエネルギーや聴いている観客のエネルギーも受け取り、歌や曲の力を借り、エネルギーの交流が行われる。

 

どこまでも広がる海であり、どこまでも照らし続ける太陽のように、空間が満たされていく。

 

 

歌や言葉を使わなくても、人は普段、エネルギーの交流をしていると思う。それは誰かとコミュニケーションを直接とっていなくても、

 

無言で空に向かって、優しい気持ちで誰かを想う時。

眉間にしわを寄せ、恨みつらみの想いで地面を睨みつけている時。

 

どちらの状態の時も、相手や他人が目の前にはいないが、プラスやマイナスのエネルギーの交流をしているのだと思う。

 

どんなエネルギーの交流をしたいと思うかは個人の自由だが、私は、0(ゼロ)でいたい。プラスもマイナスもない。受け取った分だけ相手に還していく。常にゼロだが、飢餓感はなく、循環しているような状態。

0である状態を、「孤独」や「孤立」として感じてしまい、何かで埋め合わせようとしてしまう時もある。

 

そんな時は、

0であることを誇りに想い、

念じるように、唱える歌詞がある。

 

「何にもないってこと、そりゃあ何でもありってこと」

 

私の大好きなhideさんの歌の歌詞である。

 

何にもないってことを恥じる必要なんかない。

何にもないってことは、何でもありなんだから。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走っている。走り続ける。その先には何もない。だから走る。

走っている。走り続ける。その先には何もない。だから走る。

 

最近、走っている。ランニング、ジョギング。ウォーキング。

 

「脳を鍛えるには運動しかない!」や「go wild」などの書籍に触発されて。

 

私は子供の頃から、影響を受けやすい。(良い意味で、素直?悪い意味で流されやすい?)

 

走る(動く)のは爽快である。

そう、人間は動物だ。

 

農耕を始める前の人間は、定住地を持たず、獲物を求めて西へ東へ。

 

現代の生活がすべて悪いとは言わない。恩恵を受けてきた。年中スーパーには野菜や肉が並び、電機やガスなどインフラ、車、電車や飛行機等の移動手段、真夏や真冬でも快適な家屋、様々なファッション、芸術文化、娯楽。

 

昔の人類、先住民のようには暮らせないし、あまり興味はない。(生活の体験はしてみたいが。)

 

しかしながら、混迷を極めると言われる現代社会、本当に次の瞬間何が起こるかわからないわからないという不安そしてそれらの不安や閉塞感が伝染病のようにネットやメディアで瞬く間に拡がり大規模になっていく。

 

そんな時代に抗う、いや柳に風。

そうするには、「野生」を取り戻す、取り戻すというより、自分に備わっているであろう可能性を発掘する作業。

それが必要。

必要とも感じなくなれば、すでに成っているということ。

それが希望。

 

走っている先には、何もない。お金がもらえるとか、誰かに認められるとか、幸せになれるとか、何もない。

 

だが、走った先に何かある。よくわからない何か。それに少し賭けてみる。失敗したらラッキーだと思って、またリスタート。

 

七月にはハーフマラソンに出ます。トレランも面白そう。

 

 

 

 

 

 

 

「花を汚いという人類はどこにもいない。みんな花になればいい。」

 

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「花を汚いという人類はどこにもいない。みんな花になればいい。」

 

「花は美しくない、汚いもの。」と言う人類はどこにもいないらしい、という恩師の言葉を思い出した。

「世界にひとつだけの花」だなんて簡単には言えないが、

 

花は、美しい。誰かのために咲いているわけではないから。

 

自分自身を花だと思って、ずっと花のフリをしながら、生きてみる。

 

狭い道を通るときも、「棘があってごめんなさい。生まれつきなもので。」

広場でみんなが振り向くなら、「今日は色艶が良くて、香りも強いから、注目されてしまう。困ったものだ。」

指を指されるなら、「他にはない、珍しい、変な形でしょう?笑ってください。私は自分の形を楽しんでいるんです。」

怒りに震えてしまうなら、「素直に自分の色を出しているだけだ。あなたもそうすればいいんじゃない?」

何かが尽きてしまったら、「余計な枝葉がなくなって、すっきりしましたよ。」

うれしいことがあったなら、「咲き誇って、散ります。散っていくことも楽しいのですから。」

 

 

 

 

 

 

 

本を読んだって、読んだ気になって何か感じたつもりになってたら悲しいから、勝手に意味づけしていく。

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・本は、著者の手から離れた瞬間から、著者のものではなく、過去の遺物となりながらも、現在、未来へと受け継がれる。

・本は、時代によって有機物のように変化する。大衆が望む欲望の形に、たった一人の人生の真理のために、死者への祈りのために、、、。

・本は、種だ。タネであり、DNAだ。静かに時を待つタネのように。縦と横に書かれていても、実はらせん構造を持つように。人類の種の起源、コードが暗号として埋め込まれている。

 

 

 

 

 

 

 

「コミュニケーション不全にならないための3か条。」

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「コミュニケーション不全にならないための3か条。」

 

はい、私が過去にやっちまったことを踏まえて!反面教師、いや反面生徒ぐらいなクオリティだけどね(´・ω・`)

 

1、シンプルな価値観を否定しないこと。(お前の考えは、間違ってるぅぅっ!と断罪しない。感情的にならない。)

大抵の場合、シンプルな考え方やアイデアほど強いのだが、

無駄に本やネットやセミナーで知識やハウツーを学んでいるバカ真面目な輩ほど、それらに時間をかけてきた分、相手の意見(実は本質をついているのに)は、大したことないと思い込む。

毎日勉強してきた俺様に敵うわきゃねーだろボケがっ!というおバカ偏差値マックスなことを考えて、相手を指しながら攻撃。又は、本心を口には出さず、「それっていうのはね~」と御用学者のように、相手に説教、説得を試みだす。

 

 2、人には人のペースがある。

特に食事。

そのペースは、彼(彼女)の今までの人生で積み重ねてきたペースだ。それを批判したり修正したりするのではなく、相手から学び、自分もそのペースを取り入れた時間配分をしてみる。

私は、ずっと飲食関係で働いていたからか、食事のスピードが早い。なので、ゆっくりさんにイライラしてしまう傾向がある。

(たいていの飲食店は、休憩時間が短いから、早食いになる傾向がある。また、私の場合は、家族にも飲食関係で働いている者が多いので、必然的に?家族での食事も早くなってしまう。すべて効率化してしまう傾向があるのだ)

 ゆっくり食べれば、その分食事をしっかり味わえて、消化にも良い。

他者との食事は、「その時間を共有すること」で、一段と美味しくなる。

 

3、素直になる。

間違っていたら修正する。指摘してもらったら、頑固にならず、感謝する。それを踏まえて、嫌なことは嫌、好きなことは好き、と自分を偽らないほうが、その時は険悪になったとしても、後々には関係が良くなる場合が多い。(会社とかでも、無理に飲み会に行く必要とかないよね。仕事は仕事でちゃんとやるけどさ。)

 

 ・・・これらですべてでうまくいくわけでもないと思うが、このようなことが大切に思う。

 

 

 ハッピーバースデイ。