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吉松章のブログ

つまらなきこの世の中をおもしろく。日々の思考を書き連ねて。

0(ゼロ)での交流。

 

先日、初めて「合唱」というスタイルで、舞台に出た。

 

合唱とはなんぞや?というのはまだまだ分からないが、

 

 

声を出すことは気持ちがいい!

歌や音楽は心地よい!

 

全身が震える。血液や神経が巡っている気もする。

 

しかも、自分だけではなく、他の出演者の声のエネルギーや聴いている観客のエネルギーも受け取り、歌や曲の力を借り、エネルギーの交流が行われる。

 

どこまでも広がる海であり、どこまでも照らし続ける太陽のように、空間が満たされていく。

 

 

歌や言葉を使わなくても、人は普段、エネルギーの交流をしていると思う。それは誰かとコミュニケーションを直接とっていなくても、

 

無言で空に向かって、優しい気持ちで誰かを想う時。

眉間にしわを寄せ、恨みつらみの想いで地面を睨みつけている時。

 

どちらの状態の時も、相手や他人が目の前にはいないが、プラスやマイナスのエネルギーの交流をしているのだと思う。

 

どんなエネルギーの交流をしたいと思うかは個人の自由だが、私は、0(ゼロ)でいたい。プラスもマイナスもない。受け取った分だけ相手に還していく。常にゼロだが、飢餓感はなく、循環しているような状態。

0である状態を、「孤独」や「孤立」として感じてしまい、何かで埋め合わせようとしてしまう時もある。

 

そんな時は、

0であることを誇りに想い、

念じるように、唱える歌詞がある。

 

「何にもないってこと、そりゃあ何でもありってこと」

 

私の大好きなhideさんの歌の歌詞である。

 

何にもないってことを恥じる必要なんかない。

何にもないってことは、何でもありなんだから。